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着物買取店に査定に出してみました! » 産地物や作家物など高級着物の買取について » 上布(宮古上布、越後上布、八重山上布、近江上布)

上布(宮古上布、越後上布、八重山上布、近江上布)

宮古や越後に代表される、麻の着物が上布。上布の産地ごとの特徴や歴史、上布の着物の買取価格相場などをまとめました。

日本を代表する織物・上布の買取価格をチェック!

上布は、宮古上布や越後上布をはじめ、全国で生産されている麻織物。麻織物の中でも上等なものが上布と呼ばれています。

上布の着物は、夏向きの着物としては最高級のもの。起源が古く、少なくとも2000年以上前には能登上布が織られていたと言われています。

現在でも織り続けられている上布は、その独特な風合いと着心地の良さから、着物好きに愛され続けています。そんな上布の産地ごとの特徴や歴史、そして買取価格相場を調べてみました。

上布

上布は、大麻や苧麻を細かく裂いて紡いだものを撚り合わせた細い糸で織ったもの。非常に生産に手間がかかることから、高価な商品が多くなっています。手績みの糸で作った上布は、着尺一反作るのに6ヶ月かかると言われています。高価になるのも納得ですね。

麻の着物なので、普段着としてカジュアルに着るためのものです。式事やパーティなどのフォーマルな場には着ていけません。名古屋帯などを合わせれば、きちんとした感じも出すことができます。また、浴衣の代わりに着ることもあります。

麻は水分を吸って発散してくれるので、肌にべたつきません。ひんやりとした肌触りがあるので、湿気の多い真夏には最適です。質のいいものは、着込んでいくうちに柔らかくなり、体に寄り添うような着心地になっていきます。

上布の価格例

東の越後、西の宮古と呼ばれるだけあって、二大上布は買取金額が高くなります。

宮古上布

「東の越後、西の宮古」と言われ、越後上布と並んで最高級とされる織物。沖縄県宮古島で生産されています。苧麻を原料として作られ、先染めされた絣糸を織り、模様を作っていきます。熟練した職人でも日に20〜30cmずつしか生産できません。

宮古上布の歴史

宮古上布は、15世紀ごろから織られており、その形が完成したのは16世紀ごろ。琉球国王に献上されたものが記録に残っており、それ以降20年以上も琉球王府に献上されていたことがわかっています。

その後も、薩摩藩や江戸幕府への献上品として用いられるようになり、また薩摩藩の侵略を受けた後は「薩摩上布」の布で大阪や京都に流通していたようです。

1921年には平和記念東京博覧会で麻織物の最優秀品として展示されますが、原料の苧麻が不足したり、戦時下で生産ができなくなったりと、宮古上布は厳しい歴史に晒されました。それでも宮古上布は再び生産され、1978年には重要無形文化財に認定されたのです。

現在でも宮古上布の生産はわずかですが、麻織物の最高級品として変わらず愛されています。

越後上布

宮古上布に対して、東に君臨する麻織物が越後上布です。

越後上布は、現在は新潟県の南魚沼市や小千谷市で生産されています。今でも3月のよく晴れた日には、雪の上に越後上布が晒される光景が見られます。宮古上布と同様に現在では希少性が高く、幻の織物とも言われています。

越後上布の糸は、苧麻を爪で裂き、口に含みながら繋いで細く均一に作られます。一反分の糸を績むのに3ヶ月以上がかかると言われています。さらに、これを織り上げるのに3ヶ月以上がかかるので、一反の越後上布の生産には半年以上がかかります。

織りあがった布を雪の上に晒すのが、越後上布の独特の工程。これによって色が落ち着き、白い布がより白くなります。

越後上布の歴史

越後でも古くから麻織物が作られていて、古くは731年に朝廷に献上されたものが正倉院に収められています。室町時代には幕府の公服の原料とされたり、贈り物として重宝されたりという歴史が残っています。

江戸時代には幕府御用となったため、最盛期には年に20万反も生産されていたのだとか。魚沼地方の主要産業として、隆盛を極めました。

明治時代以降は工業化が進み、昔ながらの製法で作られる越後上布はごくわずかになってしまいました。古来の製法を守り受け継ぐために技術保存協会が設立されたことで、1955年には国の重要無形文化財に指定されました。2009年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

八重山上布

宮古上布と同様に、沖縄で生産されていた上布が八重山上布。沖縄の南端である八重山諸島の上布がこれにあたります。宮古上布と同様に、薩摩藩を通じて内地に出荷され、高級品となりました。

紅露の芋をすりおろしたエキスで絣糸を染めるもの、植物染料を使って地括りの手結いで絣を作るものがあります。織りあがった後は、色を固定するために海に晒されます。

八重山上布の歴史

八重山上布も、宮古上布と同様に琉球王府の御用布として生産されていました。薩摩藩の侵略を受けた後は精緻な織り柄の布づくりを強要され、現在の八重山上布の技術が完成されたと言われています。

現在ではやはり生産量が少なくなりましたが、その魅力に惹かれた若い作家も登場しています。

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